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冬さらば 人は知るべし 春来むと 我は何をか 知り得べかるらむ
鶴亀の 齢は持たで いかにして ちとせの後に 名をや残さむ
いかにして 人に知られむ しろかねも 黄金も玉も 我にあらなくに
うつせみの 我が身はまだき 酔ひにけり わづかばかりの 金は惜しめど
春や来む ゆふべもさまで 寒からず うれしくもなし いそぢ過ぐれば
金は惜し 命だに惜し なにもかも されどとりわけ 名こそ惜しけれ
何をかは なして残さむ ななそぢや やそぢばかりの よはひのうちに
ももとせの 半ばを過ぎて 知りも得ず 我はなべての 聖ならねば
夢のまに 時は過ぎにき きのふけふ 生まれ出でしと 思ひしものを
あらざらむ のちの世までは たのまじよ されどこの世の 頼み難さは
わすらるる みをばおもはず わすられぬ 身にしならずば 死ねど死なれず
ちとせへて たれかはわれを おぼゆらむ いのちはかろし 名は残さまし
春こむと 春まつほどの 夜半にさへ あしたも知れぬ 我が身なるかな
若かりし 日には力も金も無し 老いては夢も あくがれも無し
かへらばや 守るもの無き 若き日に 失ふものも 無かりし頃に
残りても むなしきものは いたづらに 老いぬるのちの よはひなりけり