新撰和歌 巻第四 恋・雑 荓百六十首 (2/2)
281 おもふどち まとゐせるよの からにしき たたまくをしき ものにざりける
282 人はいさ 我はなき名の をしければ むかしもいまも しらずとをいはむ
283 わが身から うき名のかはと ながれつつ 人のためさへ かなしかるらむ
284 あまぐもの よそにも人の なりゆくか さすがにめには 見ゆるものから
異本歌、いづくにか世をばいとはむ世中に老をいとはぬ人しなければ
285 いづくにか 世をばいとはむ 心こそ 野にも山にも まどふべらなれ
286 月夜には こぬ人またる かきくもり あめもふらなむ わびつつもねむ
287 おそくいづる 月にもあるかな 足引の 山のあなたも をしむべらなり
288 露だにも なからましかば 秋の夜を たれとおきゐて 人をまたまし
289 ながれても なほ世の中を みよしのの 滝の白玉 いかでひろはむ
290 いまはとて かれなむ人を いかがせむ あかずちりぬる 花とこそ見め
291 ひかりなき たにには春も よそなれば さきてとくちる もの思ひもなし
292 色見えで うつろふ物は 世のなかの 人の心の 花にぞ有りける
293 あまのすむ さとのしるべに あらなくに うら見むとのみ 人のいふらむ
294 いろもなき 心を人に そめしかば うつろはむとは おもはざりしを
295 ふる里は みしごともあらず をののえの くちしところぞ こひしかりける
296 ありそ海の はまのまさごと たのめしは わするることの かずにぞ有りける
297 すみよしの きしのひめ松 ひとならば いく代かへしと とはましものを
298 ゆきかへり ちどりなくなり はまゆふの 心へだてて おもふものかは
299 すみよしと あまはいふとも ながゐすな 人わすれぐさ おふといふなり
300 おもひつつ ぬればや人の 見えつらむ 夢としりせば さめざらましを
301 もののふの やそうぢ川の あじろぎに ただよふなみの ゆくへしらずも
302 わすらるる 身を宇治ばしの 中たえて こなたかなたに 人もかよはず
303 いまぞしる くるしきものと 人またむ さとをばかれず とふべかりけり
304 わすれ草 なにをかたねと おもひしを つれなき人の 心なりけり
305 おほあらきの もりのしたくさ おいぬれば こまもすさめず かる人もなし
306 あきの田の いねといふとも かけなくに ををしとなどか 人のいふらむ
307 うつせみの よにしもすまじ 霞たつ みやまのかげに 夜はつくしてむ
308 いそのかみ ふる野の道も こひしきを しみづくみには まづもかへらむ
309 神無月 しぐれふりおける ならのはの なにおふみやの ふることぞこれ
310 またばなほ よりつかねども 玉のをの たえてたえては くるしかりけり
311 ながれくる たきのしら玉 よわからし ぬけどみだれて おつる白玉
312 世の中に たえていつはり なかりせば たのみぬべくも 見ゆるたまづさ
313 たがために ひきてさらせる いとなれば 夜をへてみれど しる人もなき
314 いまさらに とふべき人も おもほえず やへむぐらして かどさせりいはむ
315 わくらばに とふ人あらば すまのうらに もしほたれつつ わぶとこたへよ
316 我が宿は みわのやまもと 恋しくは とぶらひきませ すぎたてるかど
317 うれしきを なににつつまむ から衣 たもとゆたかに たたましものを
318 秋くれば 野にも山にも ひとくだつ たつとぬるとや 人の恋しき
319 わがせこめ きませりけりな うくやどの 草もなびけり 露もおちたり
320 おくしもに ねさへかれにし 玉かづら いつくらむとか われはたのまむ
321 山のはに いさよふ月を とどめおきて いくよみばかは あく時のあらむ
322 我がやどの 一むらすすき かりかはむ きみがてなれの こまもこぬかな
323 あさなけに 世のうきことを しのぶとて ながめしままに としをへにける
324 あはれてふ ことにしるしは なけれども いはではえこそ あらぬものなれ
325 世の中は うけくにあきの おく山の この葉にふれる 雪やけなまし
326 あさぢふの をののしのはら しのぶとも 人しるらめや いふひとなしに
327 やまびこの おとづれじとぞ 今は思ふ われかひとかと たどらるる世に
328 わびはつる ときさへものの かなしきは いづれをしのぶ 心なるらむ
329 みはすてつ こころをだにも はふらさじ つひにはいかが なるとしるべく
330 伊勢のうみの あまのたくなは うちはへて くるしとのみや おもひわたらむ
331 かくしつつ よをやつくさむ 高砂の をのへにたてる まつならなくに
332 おもふとも こふともあはむ ものなれや ゆふてもたゆく とくるしたひも
333 あはれてふ ことのはごとに おく露は むかしをこふる なみだなりけり
334 思ひやる こころやゆきて 人しれず きみがしたひも ときわたるらむ
335 ありはてぬ いのちまつまの ほどばかり うきことしげく おもはずもがな
336 あひ見ぬも うきもわが身の から衣 思ひしらずも とくるひもかな
337 われしなば なげけまつ虫 うつ蝉の 世にへしときの ともとしのばむ
338 おもひいづる ときはの山の いはつつじ いはねばこそあれ こひしきものを
339 わすられむ ときしのべとぞ 浜ち鳥 ゆくへもしらぬ あとをとどむる
340 みちしらば つみにもゆかむ すみの江の きしにおふといふ 恋わすれ草
341 ほのぼのと あかしのうらの 朝ぎりに 島がくれゆく 船をしぞ思ふ
342 いはのうへに たてる小松の 名ををしみ ことにはいはず こひこそわたれ
343 あふさかの あらしのかぜの さむければ ゆくへもしらず わびつつぞゆく
344 あはれてふ ことこそうけれ 世の中に おもひはなれぬ ほだしなりけり
345 足引の 山のあなたに いへもがな 世のうきときの かくれがにせむ
346 こひこひて まくらさだめむ かたもなし いかにねし夜か 夢にみえけむ
347 みやこ人 いかがととはば やまたかみ はれぬ思ひに わぶとこたへよ
348 つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 人を見ぬ目の なみだなりけり
349 ぬしやたれ とへどしら玉 いはなくに さらばなべてや あはれとおもはむ
350 こひしきも こころよりある ことなれば われよりほかに つらき人なし
351 あまのかる もにすむ虫の われからと ねをこそなかめ よをばうらみじ
352 ちはやぶる かものやしろの ゆふだすき ととひもきみを かけぬひぞなき
353 いまこそあれ われもむかしは をとこ山 さかゆくときも ありこしものを
354 ひさしくも なりにけるかな 住の江の 松はちとせの ものにぞ有りける
355 かぜのうへに ありかさだめぬ ちりのみは ゆくへもしらず なりぬべらなり
356 こひせじと みたらし川に せしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな
357 若菜つむ かすがの野べは なになれや 吉のの山に まだゆきのふる
358 みわの山 いかにまちみむ としふとも たづぬる人も あらじと思へば
359 いく代へし いそべの松ぞ むかしより 立ちよるなみや かずをしるらむ
360 しら玉か なにぞと人の とひしより 露とこたへて きえなましものを
361 ながれては いもせのやまの なかにおつる よし野の滝の よしや世の中