不確定申告

tanaka0903

2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

太平洋戦記

やっと書くネタが見つかったので、また小説を書き始める。 タイトルは『太平洋戦記』(仮)というのだが、 史実の太平洋戦争とは何の関係もなく、また太平洋戦争をネタとした架空のウォーゲームでもない。 時代はだいたい大正くらいを想定しているがはっきり…

平家物語と源氏物語

日本の古典を学び始めておそらく誰もが最初不思議に思うのは、 まず、源氏物語には義経も頼朝も為朝も義仲も義家も出てこないということ、 もひとつは平家物語と言いながら清盛は敵役で途中で死んでしまい、 主役はどちらかと言えば源氏であるということ、で…

脳内麻薬

多分、私は、脳内麻薬がどばどば出てないとやる気が出ない性格なのだろうと思う。 それはまあ、多かれ少なかれ、どんな人でも同じだと思うのだが、普通の人の場合、 その脳内麻薬というのは、同じことでも割と持続が効いて、 一つのことに対して一年とか三年…

干支日

吾妻鏡に元暦二年五月二十四日は「戊午」とあるが、 換暦で変換すると「丙午」となる。 これは何かの間違いだろうか。 うむ。どうも吾妻鏡の方の誤記のようだ。 というのは、この元暦二年五月の記述を見るに、 23日と24日以外は換暦と一致するからだ。 ちな…

腰越状

ネットでぐぐると腰越状をいろんな人が読み下し文にしたり現代語訳したりしているのだが、 あまりうまく行ってないように思える。 腰越状は、 平家物語、吾妻鏡、義経記などにほぼ同様のものが載っているのだが、 吾妻鏡には「顯累代弓箭之藝」とか「倩案事…

畠山氏

畠山氏は足利氏の一支族となっているが、 元は武蔵国の在官で秩父氏と言うから秩父の豪族だったのだろう。 系図では、桓武平氏の祖高望から良文、 忠頼、 将恒、 武基、 武綱、 重綱、 重弘となってその子に畠山重能、小山田有重があったことになっている。 …

足利氏の系譜

系譜はまだ書きかけなのだが、 足利氏はだいたい、兄弟の中で北条氏が母である者が足利本家の跡取りとなり、 側室に生まれた子は分家になる、というようになっていたようである。 分家がたくさんできるというのは側室をたくさんもっていたということで、 経…

足利氏

尊氏より前の足利氏を調べると、 義家、義国、義康は藤原氏の娘と結婚している。 しかし、義兼、義氏、泰氏、頼氏、家時、貞氏とずっと北条氏と婚姻している。 貞氏と正室北条氏が産んだ子・高義が足利氏を継ぐはずであったが、 早くに死んでしまったようだ…

愚管抄

慈円って面白いな、同母兄の九条兼実が書いた『玉葉』とかと合わせて、 『愚管抄』『拾玉集』とか徹底的に読んでみたいなと思う。 まあしかし、『拾玉集』を見た限りでは、どうでも良いことをだらだら書く人なんだろうなと思う。 それはそうと、講談社学術文…

紫式部

『紫式部日記』をざっと読んでみたのだが、 ますますこの紫式部という人がわからない。 たとえば、額田王とか小野小町とか赤染右衛門とか和泉式部とか式子内親王とか。 有名な女性の歌人はたくさんいるが、みな読めばすっとわかる歌ばかりだ。 和泉式部日記…

幕下

慈円の『拾玉集』に頼朝の歌が載っているというので、近所の図書館に新編国歌大観を読みに行った。 歩いて通えるところに新編国歌大観があるのは便利なのだが。 国歌と聞いて和歌だとわかる人がどれくらいいるだろうか。 普通の人は世界中の国の国歌が集めて…

江戸の街道

別の地図を見ると、 小山から日光、宇都宮、水戸の三方向に街道が分岐している。 宇都宮から日光へ至るのが正式な日光街道であり、小山から日光に至るのは脇街道と見なせばよいか。 思うのだが、江戸から小山を経て日光へ至るのが一番自然な道筋だと思う。 …

江戸の四宿と街道

元禄六年の江戸地図を見ていると、中山道は単に板橋道と書かれている。 板橋道は本郷追分で岩渕道と分かれている。 岩渕道というのは岩槻街道もしくは日光御成道(おなりみち)のことであり、 荒川を挟んで手前が岩渕宿、向こう岸が川口宿。 日光御成道は日…