俊成
まあなんというか、俊成というのは、 五社百首とか、 実にわかりやすい、平明な歌を詠むよね、定家と違って実にわかりやすい。 しかし文章がどうしてあんなに長くてわかりにくいのかなあ。 家隆もそうだな。この二人は近いとみて良いのかもしれん。
たとえば、
手弱女の夜戸出の姿思ほえて眉より青き玉柳かな
「眉より青き柳」というのがすごいね。 柳眉という言葉がこの当時からあった証拠なのだろうが、用例がよくわからん。
一木だににほひは遠しもろこしの梅咲く嶺を思ひこそやれ
遠く唐の嶺に咲く梅を思いやるという、陳腐だがなかなか詠めない歌だな。
さらねども難波の春はあやしきを我知り顔に鴬の鳴く
俊成は、初句が軽いのが多いね。七五七七だけで十分意味が通るのが多いと思う。 文脈的にこの「あやし」は、 自分には理解できず「あや」と思う気持ち、 知りがたいがなんとなく心牽かれる気持ち、という意味だろうな。 夫木抄には、
さらねども難波の春はあやしきに我告げ顔に鴬の鳴く
となっている。
いざや子ら若菜摘みてむねせり生ふる朝沢小野は里遠くとも
「あささはをの」がよくわからんが、たぶん朝沢小野だろうと思う。
なんか良い歌が多すぎて調べきれんね。 てか、定家の歌がどれもひねりすぎて理屈っぽいのに比べると、 軽くさらっと詠んだのが多い。家隆もそう。 その辺が好感もてるのだけど。
俊成はあまりに有名な歌人で勅撰集に幾つも取り上げられているから、 それがかえってつまみ食いみたいになって俊成の歌の全体的な傾向がつかめないのだな。 そういう意味ではこの五社百首はなかなか良いよ。 西行の歌も山家集をいっき読みした方がわかりやすい。 有名な、というか他人に取り上げられた歌ばかり見ていても本人の姿は見えてこない。
あとね、定家は勅撰集にほとんど取り尽くされているけど、俊成にはまだまだとりこぼしがあるんだなと、 少し嬉しくなった。西行もかな。