新撰和歌 巻第二 夏・冬 荓四十首
121 我がやどの 池のふぢなみ さきにけり 山郭公 いまやきなかむ
122 たつた山 にしきおりかく 神なづき いぐれのあめを 立ぬきにして
123 時鳥 花たちばなに うちはぶき いまもなかなむ こぞのふるごゑ
異本歌、ほととぎす花橘に香をとめて鳴くはむかしの人や恋しき
124 神な月 しぐれはいまだ ふらなくに まだきうつろふ かみなびのもり
125 五月には なきもふりなむ 郭公 まだしきほどの こゑをきかばや
126 かみな月 しぐれの雨は はひなれや きぎのこのはを 色にそめたる
127 さ月まつ はな立花の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする
128 みやまには あられふるらし とやまなる まさきのかづら 色付きにけり
129 卯のはなも いまだちらぬに 郭公 さほのかはらに きなきとよます
130 神無月 時雨とともに かみなびの もりの木の葉は ふりにこそふれ
131 いそのかみ ふるきみやこの 時鳥 こゑばかりこそ むかしなりけれ
132 故郷は ならのみやこの ちかければ ひとひもみゆき ふらぬひぞなき
133 おもひいづる ときはの山の 郭公 からくれなゐの ふりいでてぞなく
134 ふゆさむみ こほらぬ夜半は なけれども よし野のたきは たゆるよぞなき
135 足引の 山郭公 けふとてや あやめの草の ねにたててなく
136 梅のはな 雪にまじりて みえずとも かをだににほへ 人のしるべく
137 なつの夜は ふすかとすれば 郭公 なく一こゑに あくるしののめ
138 ゆきふれば 木ごとに花ぞ さきにける いづれをむめと わきてをらまし
139 めづらしき 声ならなくに 時鳥 そこらのとしを あかずもあるかな
140 ゆふされば さほの川瀬の かはぎりに ともまどはせる ちどりなくなり
141 なつ衣 たちきるものを あふ坂の せきのしみづの さむくも有るかな
142 浦ちかく ふりしく雪を しらなみの すゑのまつ山 こすかとぞ見る
143 ほととぎす まつに夜ふけぬ このくれの しぐれにおほみ 道や行くらむ
144 冬くれば あやしとのみぞ まどはるる かれたるえだに 花のさければ
145 つれもなき なつの草葉に おく露は 命とたのむ せみのはかなさ
異本歌、くれがたき夏の日ぐらしながむればそのこととなく物ぞかなしき
146 ふる雪は 枝にもしばし とまらなむ 花も紅葉も たえてなきまは
147 つれづれと ながめせしまに 夏草は あれたるやどに しげくおひにける
148 くらぶ山 こずゑも見えで ふる雪に 夜半にこえくる 人やだれぞも
149 なつの夜を あまぐもしばし かくさなむ 見るほどもなく あくる夜にせむ
150 しら雪の ふりてつもれる 故郷に すむ人さへや おもひきゆらむ
151 夏の夜に しもやふれると みるまでに あれたる宿を てらす月かげ
152 雪のうちに 見ゆるときはは みわの山 道のしるべの すぎにやあるらむ
153 せみのこゑ きけばかなしな なつごろも うすくや人の ならむと思へば
154 けぬがうへに またもふりしけ 春霞 たちなばみゆき まれにこそ見め
155 いまさらに みやまにかへる 郭公 こゑのかぎりは わがやどになけ
156 冬ごもり はるまだとほき 鴬の すのうちのねの きかまほしきを
157 とこなつの はなをしみれば うちはへて すぐす月日の ときもしられず
158 昨日といひ けふとくらして あすか河 ながれてはやき 月日なりけり
159 夏の夜は まだよひながら 明ぬるを くものいづくに 月かくるらむ
160 ゆくとしの をしくも有るかな ますかがみ 見るわれさへに くれぬと思へば