法尊、法助
義満の子で義持の弟に法尊 という人がいて、「仁和寺門跡」とあるが、
永助法親王から伝法潅頂を受けて仁和寺門跡を継承する。天皇の子以外で仁和寺門跡になったのは鎌倉時代に摂政関白九条道家の子法助の例があるのみという異例の昇進だったが、その5年後に師に先立って23歳で死去した。このため歴代の御室門跡には数えられていない。
とあり、また 仁和寺門跡一覧 にもないのだから、門跡じゃないんじゃないのそれは? としか言いようがない。
三歳年上の兄・義円(義教)より法尊のほうが出世が早かった、 ということになっているが、仁和寺門跡を実際に継いだわけじゃないのだから、 実際に青蓮院の門跡になった義円のほうが出世が早かった、というべきではないのか。
また、 法助 だが、 仁和寺門跡一覧には「法助法親王」とあるが、親王じゃないんだから、法親王でもないんじゃないの、と思う。 単なる誤記なら修正しようかと思ったが、 仁和寺のサイト にも同様に書かれているので、 ほっとくことにする。