不確定申告

tanaka0903

源氏長者

氏長者というのは虚構なわけだが、 日本外史には家康が征夷大将軍宣下と同時に源氏長者に補されたとあるから、 なんらかの形でこの頃には源氏長者という名称が権威付けに利用されていた、制度化されていたと考えられる。

で、Wikipedia など読んでいると、つまるところ、 源氏の長者とは、もともと奨学院という貴族のための学校の校長(別当)のことを言うらしい。 それは、奨学院別当が源氏全体の祭祀を司ったからだという。

しかし、すべての源氏の祭祀を司る人間、源氏全体の長者などいるはずもない。 たとえば嵯峨源氏の長者とか村上源氏の長者とか清和源氏の長者ならばいただろう。 そういう一族の長老という意味での長者はいたに違いない。 しかしそれぞれの源氏は単に天皇家から分かれたというだけで全然違う一族だから、 共同で祭祀を行っていたはずがない。 いつかの時代に誰かがそういうことを行ったことがあったとしてもそれが「源氏全体」というものの実体をさしているはずがない。 というか「源氏全体」という実体があるはずがない以上、「源氏長者」に実体があるはずがない。

たとえば、ある時期には嵯峨源氏の長者が奨学院別当をやり、別の時期には村上源氏の長者が別当をやる、ということはあっただろう。 そりゃそうだ。単に仕事としてやっただけのことだろう。 それだけのことだ。 なぜ、学校の校長が源氏の長者だと言い張れるのか。 タイムマシンがあったら校長先生に是非聞いてみたいものだ。

奨学院というものの実体が存在しなくなり、従って別当というものが単なる名誉職となり、 従って「別当に補される」ということが完全なアイコンとなってしまっても、 その名誉職に就きたがるひとはいたのだろう。 欲しがる人がいる以上は天皇もそれを叙任し続ける。 その方が収入が増えて都合が良いからだが。典型的な官職売買のための官職。 いや、令外官だから正式には官職とは言わないのかもしれない。 どうでも良いことだが、公務員でもないのに面接官とか退官とか教官とかいうのはおかしい。いつも違和感おぼえまくる。

別当職に固執したのが村上源氏の長者だったと言われる(たぶん、村上源氏の中で他に俺が長者だと手を挙げる人がいなかったせいだと思うが) 北畠親房であろう。彼が、俺は奨学院別当職に補されたから俺が源氏の長者だ、 などと主張した、ということは大いにあり得る。 その職に就くために大いに活動しただろうことは想像できる。 そして神皇正統記の影響から、後に「俺は源氏の長者だ」と名乗りたいものが、 奨学院別当という名誉職に価値を見いだしたということだろうと思われる。

律令制そのものが完全に名誉職化しても権威付けに利用されたのと同じで奨学院別当というのが征夷大将軍と同義、 もしくは征夷大将軍が源氏固有のものであるという虚構を補強するための口実として用いられた。 更に言えば、頼朝由来の征夷大将軍の権威と、北畠親房由来の奨学院別当の権威を一つに統合したのが足利義満なのであろう。 もしかすると南北朝統一と関係するのかもしれん。

北畠親房は謎の多い人だ。どんな思想信条を持っていたのか、ちんぷんかんぷんだ。 かなり屈折した精神の持ち主だったのではなかろうか。 頼朝とか尊氏とか義満ならまだわかる気がするのだが。

征夷大将軍別当令外官であるのには変わりない。 だが一応天皇の勅令もしくは上皇院宣によって就任する職ではある。 もちろん律令的な官位官職ももらって権威付けをより強固にしているわけだ。 こういうことを千年近く続けてきたわけだから、 法律とか官位とか官職とかは権威付けに使われる実体の無い虚構であるという観念が日本人に深くしみこんでいるのだろうなと思う。 現実に即して法律は作り変えていくという発想が出てきにくい。 その発想を妨げている。 日本国憲法が改正されないのも同じだろう。

古今伝授にしてもそうだが、どうしてこういう奇怪な論理が通用していたのか現代人には理解に苦しむものがあるが、 日本国憲法改正に反対している人たちを見ていると、 そういう精神というか血がいまだに日本人に受け継がれていて、 どういう連中がそういうものを信じたがるのかがわかるよな。

おそらく、家康は、源氏長者などというものが虚構であることを承知の上で、それをも利用したかったのに過ぎないだろう。 彼は現実主義者だったはずだ。 こういうプロセスで虚構の上に築かれた権威も、 とりあえず、徳川政権を支えていく上である程度役にたったわけで、 「徳川の中の人」たちはそれをわかった上で利用していたはずだ。 わかった上でしらを切っている人たちはそれで良いが、 中には本物の権威だと思い始める人たちもいて、それが実に厄介だ。 自分を自分でだませるのは精神的に楽で良いわな。 やはり虚構に基づく権威というものは、後世の人間にとっては負の遺産以外の何物でも無い。